自社の技術力を背景にした産学連携への挑戦

生薬として用いられてきた甘草に関する論文が、2009年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)にて発表された。その著者には大学等研究機関研究者とともに株式会社常磐植物化学研究所のスタッフが名を連ねる。健康志向の高まりから植物成分がサプリメントや健康食品の成分として脚光を浴びる今、同社が大学と共に取り組む研究開発によってユニークな価値が生み出されている。

妹尾 修次郎[せお しゅうじろう]氏
株式会社常磐植物化学研究所顧問。製薬会社で研究開発の経歴を持つ。ベネトロンの開発には初期から関わる中心メンバーの一人。

抗うつ・抗不安作用を持つ
植物成分、ベネトロン

 株式会社常磐植物化学研究所(以下、常磐)は1949年の創業以来、一貫して植物成分を製品化して市場を送り出してきた。その実績は製品数にして100種以上。その常磐が研究開発の結晶として2005年に世に出したのが、ベネトロンだ。中国薬典にも収載され、生薬としても利用されてきた植物「ラフマ」から抽出した成分が原料となっている。同社の研究開発により、このラフマに睡眠改善、ストレス抵抗性の増大、抑うつ感の軽減といった、心の安定をもたらす作用があることが、科学的に信頼性のあるデータとして得られたのだ。
 また、ラフマ以前で心の安定作用があるとし、注目されてきた植物にはセントジョンズワート(西洋弟切草)があるが、免疫抑制剤や抗HIV剤の効果を阻害することが2000年の『The Lancet』で報告された。一方、ベネトロンにはこの阻害作用はないことが常磐により証明されている。その上、セントジョンズワートの16分の1量の処方でより高い抗不安活性を示すこともマウスを使った実験で常磐により明らかにされた。
 ベネトロンに関するこれらの成果は、常磐が研究開発の過程で国内外の大学と連携して明らかにしたことだ。

学術研究者を巻き込む研究開発

 ベネトロンの商品化の中で行ってきた共同研究の数はこれまでに5つに上る。開発の責任者である妹尾氏は「この規模の会社でこれだけの共同研究テーマを立ち上げている会社は少ないと思います」と胸を張る。
 ラフマの研究開発は、生薬の研究で著名な北海道医療大学の西部三省教授との繋がりから始まった。同教授との共同研究がきっかけで、マウスを使って植物成分の抗うつ活性を研究していたドイツ・ミュンスター大学のナーシュテット教授およびヴェロニカ・バタベック博士(現フロリダ大学)も加えた共同研究が始まった。こうして、植物化学の専門家である常磐と国内外の薬理専門家とのコラボレーションは生まれた。

(写真)ベネトロンの紹介パネルを前にする妹尾氏と、同じく開発当初から関わるメンバー佐々木務課長

 妹尾氏らの働きにより、共同研究はさらに広がりを見せる。徳島大学の寺尾純二教授とはin vitro、in vivoの解析により、分子レベルでラフマの効果を調べている。それだけでなく、武蔵野大学の氷見敏行教授とは副作用も研究中だ。ラフマが属するバシクルモン属には、心筋の収縮を増大させる強心配糖体と呼ばれる成分が多く含まれるため、過剰摂取は副作用を引き起こす可能性があった。そこで、薬効の研究経験が長い氷見教授と強心作用に関して共同研究を行い、ベネトロンに強心配糖体がほとんど含まれないこと、強心作用がほとんど無いことを証明し、製品としての信頼性も高まった。最近では、静岡県立大学の横越英彦教授との間で、ベネトロンによるGABAの精神安定効果の促進作用についてヒトでの研究を行うなど、薬理作用の解明と商品価値の向上を両立させる活動も進んでいる。
 このように、研究開発の中で相乗効果のある共同研究先を巻き込み、プロジェクトを前進させるマネジメント力が常磐の強みでもある。

共同研究先の専門性を最大化し成果に繋げる技術
 「常磐と組む一番のメリット、それはサンプル供給の安定性だと考えています」と妹尾氏が力強く語る。工業用に大量の植物抽出物を製造していることもあり、大型の分離・精製装置が揃っているのはもちろんのこと、高純度サンプルを調製するためのカラム容量70リットルを誇る分取装置やその品質を評価するUPLC/MSまで保有している。そのため、バルクの抽出物から高純度のサンプルまで研究者の要望にあわせた植物成分の提供が可能だ。しかも徹底した原料と製造プロセスの管理で、その品質は常に一定に保たれている。再現性が要求される学術研究者にとって、まさに理想的なサンプル供給先だ。また同社のサンプルに対する正確な知識も研究者をサポートする。「バタベック教授の研究室を訪問した時でした。サンプルの保存状態が良くないことが判明したので、すぐに新しいサンプルを収めました」と、妹尾氏は当時のエピソードを語る。植物成分の特性まで熟知しているパートナーの存在が、研究の信頼性を担保することに繋がる。共同研究先の専門性を最大化し成果に繋げる、触媒としての機能が常磐にはある。
 現在も様々な研究者との共同研究を視野に入れ、研究開発に取り組む。マーケットへの出口、研究開発のマネージメント力、安定したサンプル供給能力を持つ常磐は、植物の生理活性成分の解明と実用化を目指す研究者にとって益々重要な存在になってくるに違いない。植物成分の新たなる機能を解明し、価値の向上を目指す常磐植物化学研究所に大いなる期待を寄せたい。